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2014/01/31/Fri へたれの家出と家庭内暴力。
昨日はまた羽毛布団を汚された。
よそのこになっちゃえー!と外に放り出して(ドア半開き。そういう下町である)、そのままランドリーに布団を放り込みに行って(下洗いは充分しているつもり。主な目的は家でできない脱水とドラム乾燥なので)、帰ってみたらドアが閉まっていて、ココアさんは家に入っていなかった。
ここあさーん……
と、何度も呼ぶ声を聞きつけたご近所さんにも手伝ってもらって探す。
「人間が思ってもみないところにもぐりこんじゃうからねぇ」
この言葉になんだかピンと来て、ドアから一番近い隣の家の窓の下の踏み台の下を見た。
ちょうどすっぽり入る隙間から、ココアさんが目を見開いてこっちを見ていた……
ご近所さんが物干し竿でつつき出してくれて、手をつかんで引きずり出した。
よかった……3mの遠くへも行けないへたれ猫でよかった。
しかし、その後がよくなかった。
ろくでもないところにもぐりこんだので、ココアさんは風呂場に直行。
粗相で怒られて、自分の宇宙の外に放り出されて、棒でつつかれて無理やりつかまって、挙句執拗にお湯をかけられて、よほど恐ろしいことの連続だっのだろう。
タオルで拭いた後毛布にくるんでも、ぶるぶる震えていた。
それでもゴハンを出したらばくばくと食べたので、安心していたのだが。
いつもとは違う不機嫌で、もしかして外の匂いをつけてきたかシャワーで家の匂いが消えてしまったかでココアさんがよそ者に見えるのか、かりんさんがふしゃー!、と威嚇し始めた。
そんなかりんさんに追い立てられて、ココアさんはますます怯えてしまったらしい。
テレビの後ろに隠れたココアさんを出そうとしたら、追い詰められた顔で手に反撃してきた。
――自分の手からぼたぼたと血が落ちるのを、ずいぶん久しぶりに見た。
ココアさんの爪は細くて鋭くて、手の甲の血管をさっくりと直撃したようだ。
見る間に手の甲の皮膚の内側がぷくーと傷口から出られない血で膨れ上がった。
シャワーで落としたばかりだから雑菌はほとんどないはず、でもまずは流れ出ているうちに流水! とお湯で出てくるだけ落とした。
傷口は本当に小さくて、ちょっと圧迫しているともう出血は止まった。
手を高く上げて血流を下げ、保冷剤(ケーキ用の小さいのを冷凍庫に常備している)で冷やす。
思いつく限りの応急処置はしたが腫れと大きな内出血あとは残って、職場で「労災ー!?」と驚かれたが、猫の家庭内暴力というと労災より稀な事故のように同情された。
でも強くぶつけて痛めた時と、見た目も動かしづらさや痛さも変わらない。
やはり感染を心配されたが、いまちょうど風邪で抗生物質も服用しているので、それで何とかならないか。
整骨院の若い先生は、自分なら手に加熱消毒した針をぶすぶす刺して、腫れの中の体液を外に出しちゃうけど、ずっと治り早いけど、と勧めてきたが、早いのはわかるが、 絶 対 イ ヤ 。
手の甲なんて痛点のカタマリじゃないか。
家庭内不和は、まだ微妙に収まっていない。
ココアさんはもともとキモが小さいがいつもより警戒しがちになっているし、かりんさんはやや不機嫌。
そしてヒトは絆創膏だらけの手がうっとおしくて、家事をしたくない。
猫どもがベッドでそれぞれに(実は毛布一枚隔てて隣同士に)寝転がっているので、ヒトも加わることにする。
2014/01/29/Wed 映画「復活の日」
風邪でゲホゲホいいいながら見る映画として、これほどふさわしいものもないだろう。
というわけで、ハラをくくって視聴。
英語版の"VIRUS"という硬質なタイトルは、原作にこそふさわしいと思う。
原作はウイルスの究極の猛威を描いたSFだったけど、映画はそれに蹂躙されるヒトのドロドロの人情劇だ。
残念な超大作、そう感想を抱いて30年。
改めて見返してもいろいろ残念な作品と思う……
MM-88が深く静かに広がる様、ヒトの営みとは無関係に、ヒトを無慈悲に絶滅させていく、無機質で温度のない、ウイルスという異物感が原作の根幹だと思うのだが、その辺は全く描かれていない。
逆に熱くなりたい(原作が熱くないんでどう描いても熱くなりきれない)浪花節、もしくは演歌っぽい。
そして原作が外していた部分を無粋にもわざわざ枠にはめて強調している。
ARS(全自動報復装置)のスイッチを入れて高笑いするガーランド将軍とか、どこのショッカーだ。
吉住のお別れの相手は、オリヴィア・ハッセーなんかじゃなくて、ぶよぶよに太ったイルマお母ちゃんじゃなきゃだめだろ、やっぱり。
あと、「無駄だった」ことに意味があるんだろ、あそこは。
いかん、案の定アラしかでてこない。
原作者も驚いたまさかの本物の南極や潜水艦、当時の国際的コミュニケーション手段アマチュア無線が描かれているあたりが、映像価値があるとは思う。
任侠モノではいい評価を得ていたんだろうけど、SFにはまっっっっったく向いていない監督だ。
これの2年前の「宇宙からのメッセージ」も思い切りアレだったしな……
ただ、SFファンが好むようなドライな描写は一般的にはまあっっっっったくウケないのも理解できるので、SFというジャンル自体、映画にするには着地点のさじ加減が難しいだろうとは思う。
森谷司郎さん(73年の「日本沈没」の監督)が作りたがっていたそうだが、実現していたらどんなだったんだろう。
どうでもいいが、草刈正雄は吉住にしては国際的過ぎる顔で、宇宙時代には日本人過ぎる「さよならジュピター」の三浦友和と逆だったらよかったのに、とちょっと思った。
こちらも空中分解した映画ではあったけど。
もう一つどうでもいいが、これが公開された年はものすごい冷夏だったのを覚えている。
冷夏の頻度は90年代以降激減し、2003年を最後に訪れていない。
7月にベランダで毛布にくるまりながら原作を読んだのが懐かしい。
2014/01/28/Tue 「われわれ人間は、夢と同じもので織りなされている――
――ウィリアム・シェークスピア 『テンペスト』 第4幕第1場」
「紅い眼鏡」ラストで、タクシーの運転手が少女に語りかけるシーン。
運転手役は大塚康生さんで、声は永井一郎さんだった。
訃報を聞いて動画サイトにこのシーンだけ見に行ったら(LDとDVDは持ってるんだが、すぐに出てこないので……)
画面の上のニュース枠にも訃報が流れた。
賛否尽きない作品だが、ここは優しい、いいシーンだ。
世間にとっては主に磯野波平でガンダムのナレーション(ガンダムではすごい数の役を演じてるけど)で、年配のアニメファンにとっては佐渡先生で錯乱坊でダイス船長で……
と、語りきれない役柄の多さの中で、ニュースを見ながら最初に浮かんだ、一番印象的な声はこれだった。
「紅い眼鏡」では「お嬢さんがお出迎えする夢は、どんな夢です?」と続いて物語がループするが、「テンペスト」のこの後の台詞は
「はかない一生の仕上げをするのは眠りなのだ」
…………ゆっくりと、おやすみください。
2014/01/27/Mon ぶん投げた本。
寝込むと本を読みたくなる。
熱を出したら、薬と布団と読む本の準備。
小松左京さんの長編4本くらいとか、陳舜臣さんとか、とにかく集中して読むもの。
うんうん唸りながらブルーバックス10冊くらい枕元に積み上げていた時は、オマエはオカシイと言われたっけなー。
大型書店に入ったら最上階から地階まで舐めるようにチェックして、どんな分野でもおいしくいただく主義だが、挫折した本がなかったでもない。
そんな体験をした本を集めた書き込みが面白かった。
「恋空」から「純粋理性批判」まで、多様なギブアップ本が並んでいる。
自分も根を上げそうだから手を出さないものや、逆に読んでみたいと思うものもある。
ドグラ・マグラとハリポタを投げた人は多いようだ。
翻訳の場合作者と訳者で二倍の壁があるので、挫折の倍率も二倍。
「もう読めん。ギブアップだわ・・・」って途中で挫折した本、
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4602527.html
難しくてギブアップ、というのは一番ありそうな理由だが、大抵前提になる知識の不足から起こるので、そこが埋まれば読む気がある限り挫折は少ないと思う。
ただ、その範囲と深さが多様すぎると1度や2度では歯が立たない。
自分の記憶ではロジャー・ペンロース「皇帝の新しい心―コンピュータ・心・物理法則」。
人工知能の思考プロセスをチューリング機械・ゲーデルの定理・一般相対性理論・量子重力論なんかを絡めて考察していて、展開を追うのが大変だった。
作者の行動と思考が気持ち悪くて物理的にぶん投げてゴミ箱に捨てた本がある。
つまらなかった本でも大抵最後までは読んで、つまらなかったと頭の中でラベリングして本棚には納めておくのが普通の自分にとっては、衝撃的な不快な本だった。
割と今でも人気がある人なのでたまに名前を目にしてイヤな気持ちになったりする。
文体とか話の方向性とかもっと端的に作者の技量とか、生理的相性は避けようがない。
読むこと自体を楽しむ読書ならなおさら。
長すぎて追うのを忘れた本……
えーっと、「釣りキチ三平」って、53巻までは追ってたけど、その後どれくらい続いたんだろう?
「超人ロック」は……前後に飛ぶ時代と人物の描き分けとコロコロ変わる出版社で、もう自分がどこまで把握してるのかもわからない。
メルヴィルの「白鯨」は、本編とは何の関係もないところでぶん投げた。
脳油を採取するためだけにマッコウクジラを獲って体は丸ごと捨て、肉を切り取って食べる一等航海士スターバックを変態扱いするアメリカ人の文は読む価値なしと思った。
ただ、「日本海」という言葉が、日本と中国の間の海ではなくハワイあたりから日本に至る北西太平洋全体を指しているのが、アメリカの歴史的な視点で面白い。
小説の発表はペリー来航直前の1851年なので、読んだ頃とは違った興味もある。
そのうち読み返してみるかもしれない。
そんなわけで、相変わらず低体温なのに熱が出る素振りをする体調で、ごほごほと湿った咳をしつつ、今日一日抱える本を選ぶ。
辞書片手にオランダ人の日本歴史紀行にでも挑むか、旧字体と添え書きの原語をかきわけて商館長日記の続きを読みきるか、ちょっと単調だけど全訳された別段風説書か。
左京さんや陳さんと違って文庫サイズがないので、どれも重いのが欠点。
2014/01/26/Sun 3回目の風邪。
10月、12月に続いて、三度目の風邪を引いた。
10月は鼻から喉の風邪、12月はそれが丸ごと軽くなったカンジ、で今回は喉からの症状メインで、鼻にはきていない。
違うウイルスなのか、免疫が弱くて何度も同じのにかかっているのか。
熱が出そうにずっと筋肉がヒリついているのに、一向に上がらないのが奇妙。
というよりはかなり平熱が低いことがわかった。
36℃に届かない。
そりゃ免疫機能も働かない……
かなり動き回るほうなのに、なんでこんなに熱量少ないんだろう。
2014/01/24/Fri かりんさん7.5s。
もっこもこのみっちみち三毛は、問答無用でヒトの膝にのし上がり、なでれ、と当然のように要求する。
押しも押されもせぬ女王様である。
なんでここまで態度がでかくなった。
それをひっくり返して、腹をもふもふする。
撫でられたい場所とそうでない場所はあるが、どこを撫でても怒りはしないセーフゾーンの広さも女王様。
ただ、腿の裏を撫でるとそのまま足を上げるという変なクセがついている。
色っぽいポーズのはずなんだけど、全然色っぽくないです、メタボ女王様。
2014/01/21/Tue 似たもの。
絶望先生をちびちびと返し読みしている。
死ぬほど細かい絶望例を読む大変さと、最初と最終巻以外は(細かい仕込を別にすれば)どこからでも読める気楽さが同居している。
昔録画した「四畳半神話体系」がHDDの片隅から出てきた。
浅沼さんの語りはいつ聞いても心地よくて、多層構造なストーリーの作りも好きで、今もいい作品と思う。
「ログ・ホライズン」の外伝を読んだ。
アニメの方ははしょり方がうまくて、第1期の終わりをどうまとめるのか、久々に楽しみにしている。
本編はWeb上で読んでいたが、手直しがあり設定資料などがつくと聞いて、本の方も買おうか思案中。
この3作の主人公はとてもよく似ている。
ぼさぼさの黒髪で眼鏡で、内向的で考えすぎるほど物事を考えてしまう厄介な性格。
画像検索で並べてみて、笑ってしまった。
今そういう傾向がツボなのか。
2014/01/20/Mon モニタを前にすると口寂しくなる。
キーボードに手を置いたら二倍。
仕事でずーーーっとそのままの一日を過ごしたら、飴を二袋消費していた。
集中するとボリボリ噛み砕いてしまう癖があるので、早い早い。
おかげで意識が飛んだりせずにこなせたけど。
職場では飴がコミュニケーションツール、または一種の貨幣として存在していて、ことあるごとに飴がやりとりされている。
大袋の飴もそんな中で交換もされるので、口に入る時には結構バラエティ豊かになった。
もっとも、寂しい口を黙らせるためにひたすら放り込んでるだけだから、同じもの二袋でも全然飽きもしない気もする。
ただ、みんなが忙しく動き回っている中で、ひとりおやつ袋とあんかを抱えて固まっているのは、我に返るとすごく異様。
2014/01/17/Fri 230年分の日記。
また休日出勤を引き受けてしまった。
どこまでも解決しない人手不足。
そんな中でも読書欲だけは旺盛で、ついに買ってしまった商館日記にかじりつく。
1983年刊の本なのに旧字体で微妙に読みにくいけど、些細なこと。
正しくは
「日本関係海外史料 オランダ商館長日記 譯文編之四(上) 自寛永十六年正月至同年閏十一月」
1639年2月から12月の1年の間に、商館と参府について綴った公務日記だ。
当時のオランダ商館はまだ平戸にあり、この年はポルトガル人の来航禁止が決まって一大転機が訪れる。
前年の島原の乱でカノン砲の期待が外れた幕府が臼砲に目をつけて商館に製造を依頼してきたので、正月早々部下の鋳物師は鋳造に苦心している。
商館長はフランソワ・カロン。
「譯文編」ということは、つまり「原文編」もあるわけだがその辺は我慢。
史料なので単語の随所に元の単語が添えられているが、読んでいるとどうしても原文が気になる。
でもきっと中世オランダ語で、またてこずるだろうし、今はまずは我慢。
(1568年にできた国歌の原詞を見ると、"Duitsen"(英語の"German")が"Duytschen"だったりする)
日々の記録なので、天気だけとか、今日は何もなかったと記された日もある。
でも出島のオランダ人はとても几帳面で、1633年の第7代クーケバッケルから最後の商館長ドンケル・クルティウスの1860年まで連綿と続けられ、残されている。
だから全部翻訳されたら膨大な冊数になるんだろうけど……18世紀は割と関係が安定して緩んだ時期なので、その辺はあまり意味もないかもしれないけれど……
翻訳はまだ1633年の最初から、1647年までしか刊行されていない。
史料としてはとても価値のあるものだろうし、特に19世紀の開国に至る5〜60年くらいは素人にも興味の尽きないエピソードが多い。
そこだけでも先に出してくれないかなー、東京大学史料編纂所。
(有名な3人の商館長のものは他の出版社から出てはいる)
1977年から去年までかかって14年分という今のペースでは、死ぬまでに見られそうにない。
2014/01/15/Wed グレたい。
ゆるゆると起きてのんびりと仕事モードに切り替えていこうと思っていたのに、目が覚めたらカラダが強張って動けない。
そんなに熟睡していたか。
してたな、そういや。
そしてゆっくりしていられなくもなった。
この寒いのに、雪の予報なのに、お粗相ですか、やってくれるじゃないか、ココアさん。
食べてるものはいつもと同じでうるさいほど元気なのに、ゆるくなって汚したお尻でスタンプですか、かりんさん。
昨日だったら快晴だったのに……いや、せっかく何もしないと決めたのに昨日やられたらグレるだけじゃなく家出してたかな。
現実まるっと目をそむけて。
そうもいかない現実生活なので、とりあえず熱湯でがっつり落としてから、厳重防寒装備をして、コインランドリーに丸洗いに行こう。
……そんなことを書いていたら、目の前でココアさんが思い切りマーライオンになった。
今日は厄日だ。
マジでグレたい。
<追記>
作業前にちょっと落ち着こうと、昨夜作って放置してしまったチャイを口に入れた。
砂糖入れ忘れていた。
でも面倒で、もうこれでいいか、と飲む。
グレ過ぎると味覚も投げやりになるんだな。
2014/01/14/Tue ぽけら。
昨日は放電しきったので、たっぷり睡眠もとって、今日はぽけらーと無為成分も溜め込む。
やるべきこともてんこ盛りだけど、今日はしない。
外は冷蔵庫並みに冷たいが、部屋は思いっきり暖めて、お茶がおいしい。
2014/01/13/Mon 放電日。
長期戦の区切りが一時的についた。
ので、久しぶりにTさんのお誘いにのり、お屋敷で正月らしい和の食材を使ったスイーツで充電した。
ワサビのチーズクリームムースに、茄子のコンポートを使ったデニッシュに、ビワのアイス、テーマは一富士二鷹三茄子なので、とてもめでたい。
オマケに頼んだ「澤ノ井 純米大吟醸」を使ったゼリーは枡の器に金箔も散らして、さらにめでたい。
紅茶も桜のフレーバーで和尽くし徹底。
それでも充分だけど、さらに地域的にはアキバ、最寄の駅は末広町、もしくは御徒町、住所は上野という微妙な立地のお店にハシゴした。
メイド系ともアリス系ともいわれるが、実は普通においしいワインと食事の店「ユメシナ」。
もやしもんで覚えた地域系ビールの一つよなよなエールがあったので、スモークサーモンのサラダ
とともに注文した。
おーいーしーいーーー。
デザートプレート食べてるのに、なんで入るんだ。
Tさんは目の前でもっとしっかり食事してるけど。
それも落ち着いた頃、Tさんのお連れさんが到着したのでさらにしゃべりつつ追加に抹茶白玉のミニパルフェとキームンローズティー。
ミニパルフェ、「ミニ」いらない。
大ぶりのカクテルグラスに、軽く盛ったのならともかく、てんこもり。
そしてティーカップが、初めて見たとても面白い形だ。
クリーマとかドレッシングピッチャーとかカレーポットとか三人で好き放題言ったが、きれいでかわいい。
そして紅茶は文句なくおいしい。
疲れはあるけど、ハイになって放電しきったカンジ。
放電と充電、どちらもきっと大事。
2014/01/08/Wed 朝ゴハンいっぱい。
ベーコンエッグを作る。
同じフライパンでカイワレとシメジとトマトも蒸し焼きにする。
グリルでガーリックチキン。
ポタージュスープを温め、豆乳も温める。
ヨーグルトにブルーベリージャムとオリーブオイルと、ココアパウダーをかけて。
定番バタートーストはライ麦パンで。
ミルクティーと緑茶も淹れて。
新年いきなりの休日出勤に疲れたか。
気がついたらトレーいっぱいのフルブレックファストを作っていた。
でも食欲があって調理意欲もあるなら、気力も体力も大丈夫。
生活の大本に食を置く、典型的なO型なんである。
2014/01/04/Sat 寝正月。
というにはちょっとずれたけど、年越しはバージョンを変えたりリテイクするほどすることが多すぎるので、1日くらい寝正月もする。
ごろごろと猫を引きずりこんで寝たくったり、ポテチを抱え込んでテレビに没頭したり。
アメリカの国立公園の特集は、テレビの画面でもめまいがするような壮大でSFじみた風景を面白いアングルで演出している。
字幕つき英語版だったが、めちゃくちゃ聞きやすい。
世界一高いセコイアの高さを91「メートル」と言っていたので、イギリス製と確信した。
最後のテロップにBBCのロゴ、当たり。
レゴでニンジャのシリーズが大人気と聞いてはいたが、CGアニメのシリーズがあって、しかも3シーズン目とか、びっくり。
その第1話を見た。
戦隊モノに必須の指導者役「老師」も、マスコット役としてレッドの妹もちゃんといる。
ニンジャのひとりが自分の立場に悩むちょっと旧型のロボットとか、日本の伝統的アウトローのツボを抑えすぎ。
どんな日本のサブカルマニアが作ったんだ。
明治神宮の今年の三が日参拝者数は300万人か。
アムステルダムの都市圏人口が230万人で、市内人口は82万人。
都市圏人口に等しい人が2日ほどの間に押し寄せたとも、市の人口を上回る人が1日でたった1つの礼拝所に集まったともいえる。
ヨーロッパの町は小さくて、アジアは人がとにかく密集する、構図そのもの。
今年の冬コミの来場者数が52万人で、夏が59万人だったので、一首都の人口の6割から7割に等しい人が埋立地の建物に、と考えるのもおもしろい。
と、ゆったりするのも、ちょっと苦しくなってきた。
一番寝正月を堪能しているのはかりんさんで、ヒトが起きるなりメシの催促、満足したらヒトをベッドにしてごろごろと、下僕つきお嬢様生活全開で、下僕はいい加減足がつらい。
窓のそばの座布団で日向ぼっこしているココアさんを見習え。
2014/01/03/Fri 暇だけど。
ひまだ!と正月に叫んだら休日返上になって、挙句返上だらけの1年になったのが去年だったっけ。
今年はありがたくひま仕事を享受する。
来週また休日出勤のお声がかかったけど。
ログ・ホライズンのアニメが3日間で一挙13話放映されたので、もう一度見た。
昨年中、本放送前半を見ていたが、一気見するとさらにずんずん引き込まれる。
ままれさんのケレン味はなぜか心地いい。
眼鏡キャラがいずれも腹黒の切れ者で、主人公がその筆頭というのがなによりいい。
細部に凝った原作を要点をきちんと抑えてまとめたシナリオや演出も「まおゆう」(こっちの複雑ぶりは現時点のログ・ホラの比じゃないが)より違和感がない。
小説はまだ第二部途中で、1年で書き終わった第一部と比べて足掛け3年目でもまだ終わるか怪しい。
アニメは話数からするととりあえず第一部終わりまでのようだが、NHKは最後まで付き合ってくれるんだろうか。
このクオリティのまま付き合って欲しいな。
しかし、ままれさんはつくづく巨乳のお姉さんと眼鏡のやり手補佐と電光石火で凶器を振り回す貧乳が好きなんだなあ。
確か去年の正月も二晩くらいかけて一気見した「黒バス」も、また一挙放映していたので、つい見る。
いろいろツッコミどころも首かしげるところも目をそらすところもあるけど、年末に事件が解決したこともあって、ヘンな引っかかりはなく、素直に見られる。
こういういかにもな少年マンガは、素直に楽しむものだろう。多分。
しかし、アニマックスの黒子に対して、同じ時間(のうちの3時間)にスラダンをぶつけてくるキッズステーション。
何を考えたのか、考えてないのか。
2014/01/01/Wed 年越しアナザーバージョン。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
「年の初めはさだまさし」の途中で寝落ちしてしまった。
さて、録画した第九から年越しをバージョン違いでやり直そう。
食べ切れなかった年越しケーキもあるので。
8時間遅れのアムステルダムの年越しの様子をウェブカムで見る。
同じことを考える人は多いらしく、トラフィックが重い重い重い。
シドニーやドバイなどの名だたる大都市と比べて、小さなアムステルダムの年越しは特に凝ったセッティングも無くて地味かもしれない。
しかも、またしても雨。
それでも王宮前広場は人でごった返し、日が変わる20分前から花火を始める人たちが現れた。
花火で年越しとは聞いていたが、この人ごみの中で勝手に燃やしたり打ち上げたりするのか。
日本ではちょっとありそうにない。
いきなりこの場面を見たら、暴動かと思うかもしれない。
0時直前から、ちゃんとした打ち上げ花火が華やかに上がった。
地上のプライベート花火も最高潮に。
Gelukkig Nieuwjaar!
そんな年越しの騒ぎも30分ほどであっさり終わってしまって、三々五々みんな引き上げて行く。
あちらの新年はクリスマスよりあっけなく、明日2日からは通常生活だそうな。
私も早や仕事始めなので、アムステルダム流と思って行く。