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2016/03/30/Wed 粗大ごみ出し。
独立した時に買って長年使ってきたテレビ台を、処分することにした。
ブラウン管21型用の台は、液晶24型には大きすぎるから。
プラズマテレビ28型は外へ出すのにとても苦労する大きさだったが、新しい液晶の方は大きいくせに片手で小脇に抱えられる、まるで製図板のような軽さだ。
同じメーカーのBDレコーダーもCATVチューナーもVHSの頃とは比較にならない小ささ。
足回りさえきちんとして本体はベルトでがっちり固定すれば、100均のワイヤーラックでも充分に事足りた。
(PC台も同じ100均ラックを使っている。配線が自由に取れて専用PC台よりコンパクトで使いやすい)
ついでに、使わなくなったスチールラックなども一緒に処分。
死蔵されていた場所が空いて、わずかながらでも床が広がるとすがすがしい気分になる。
テレビも4インチ分ばかりか枠も格段に小さくなったので二回りも空間が開いて、部屋が広くなった気がする。
その分本に圧迫されるのは遠い日ではないが。
テレビにしろ台にしろその他死蔵品にしろ、もっと早く片付ければもっと早くすっきりできたはずだが、これは処分すべきである、と思いつくのに時間がかかり、するぞ、と決断するのに時間がかかり、さらに処分の手続き、手順、実行――と、ここまでのイメージトレーニングだけでもっと時間がかかり、気力体力が低レベルですぎるなか、ある日、突然枷が取れてやっと本当に実行に移せる。
あらゆることに1歩踏み出すための力が必要で、そのたびに難航する。
今もこうしたらいいんじゃないか、という模様替え案、処分・買い替え検討案はいくつもあるが、実行できない。
ある日突然スイッチが入るのを待っている。
やる気スイッチが動作不良な人間は、普通の人の数倍時間がかかる。
もどかしいが、自分とはそういうイキモノであり、決断を熟成するまでにかかる時間も費用も不自由も必要なものであり、そういう自分とこれからも付き合っていかなくちゃならない、そう割り切るようになった。
2016/03/25/Fri テレビ買っちゃった。
暮れに結構大きな不具合の症状を見せて、ならば新しいのを買っちゃうぞ、と脅したウチのテレビ、不具合は前からだったし、その後はそれなりに使えていたので買い替え計画は棚上げだった。
が、月曜に素晴らしい番組を見せてくれたその後、ついに不具合状態のまま回復しなくなった。
つまり火曜からテレビが見られない。
風呂場用の小さい防水テレビで地デジと録画は見られるのだが、でかい図体が沈黙したままなのはちょっとストレス。
で、今日お昼ちょうどに次のテレビをポチった。
10分ほどで在庫確保しました、と連絡があり、今夜届けてくれる。
もちろん引退する今のテレビは引き取ってもらう。
配線は自分でやるつもりだが、さて、今夜中にやるテンションが保てているだろか。
なにせ、あと4時間の間にでかくて重いやつの配線を外して、通路を空けて、二階から玄関まで運ばなきゃならないのが大問題。
新しいテレビは昔の同インチ数に比べて小型化軽量化がぐんと進んでいるのがわかっているのであまり心配していない。
でもきっかりポチる寸前に新刊も3冊届いちゃったんで、まずはそれを読んで一息入れてから……ほんとに間に合うのか。
2016/03/22/Tue 「日本」をあなたの国の言葉でなんて言う?
とかいうテーマが、英語の掲示板に。
日本語環境で厳しい文字が多くて表記制限がつらいけど書いてみる。
「Giappone」
マルコ・ポーロルートで日本をヨーロッパに伝えたはずのイタリアでは J から始まらないのか。
確かにこれで「ジャポーネ」と読むけれど。
スレ主のロシアが「Japoniya」というと、別のロシアが「いや Yaponiya だろ」という。
「いいえ、正しい表記は J で合ってますよ、ラテンアルファベットの J は I の子音ですから。
ろくでもないイギリスやフランスに毒されてはいけません」
と、ろくでもないコメントまでつけて解説するのはロシアではなくドイツ。
Japon(スペイン) Japonia(バスク) Japao(ブラジル)
スペイン語圏でもいろいろだが、J から始まるのは共通。
「うちでは Japan って言うよ」
それはわざわざ言わんでもわかる、イギリス。
「Hollands」
それは出島だけにしといて、オランダ。
ちなみにオランダ語では Japan (ヤパン)。
「Nuclear target」
アメリカ、ちょっと秋葉原まで来なさい。
エリア11 と書いているヒトは国に関わらず多かった。
アラビア語では al-yaban というらしい。
「Solriki」
アイスランド。
直訳すると「晴れ」……って、ほんとか?
スウェーデンも Solrike と言った。
「Japan
もしくは
A felkelo nap orszaga」
(felkelo の o は上に点二つ)
とハンガリーがいうが、ハンガリー語 A felkelo nap orszaga が解らなかったのでGoogle翻訳さんに聞いた。
「朝日」
合ってるような合ってないような。
試しに頭の A を削ってみたら「ライジングサンカントリー」と(カタカナで)言いよった。
よく見たらコピペのズレか、orszaga のアクセント記号が消えていたので入れなおしたら「日出づる国」になった。
(5文字目のaの方はアクセント記号がつく)
2016/03/21/Mon 「記録映画 東海道新幹線」。
BSで偶然最初から見た、新幹線開業当時の記録映画。
企画:日本国有鉄道 制作:理研科学映画 1963年。
いきなり60年近く前の懐かしすぎる国鉄の車両の数々から始まった。
高度経済成長に伴い、これら既存の鉄道の輸送力が限界に達したために「東海道新線」が不可欠である、という計画の発端から、知恵も技術も人力も注ぎ込んであらゆるものを一から作り上げ、それまでにない世界の最先端を行く超特急を実現するまで。
尺は1時間足らずで劇的な演出は少ない、新幹線工事の図鑑のような作品(まぁ、制作は教育・ニュース・PRなどの映画会社だし)だが、図鑑らしく好奇心わしづかみな映像が隅から隅まであんこのようにたっぷり詰まっている。
その上デジタルリマスターの恩恵もあってか画面は素晴らしく鮮明で、半世紀前の姿が生き生きとしていて、その一番端の記憶を持っている自分はすっと引き込まれた。
車両デザイン案の模型、空から精査してルートを決め、用地買収、測量、地鎮祭の鍬入れ、ダイナミックな路線の基礎の整形、ロングレールの溶接、コンクリート枕木をつけてから丁寧に敷設していく様子。
レトロなそれらがむしろ新鮮だ。
そして、そして、そして、
保護布を被せられて釣り上げられて線路に運ばれ、試運転に臨む
真 新 し い ! 0 系!!!
やっぱり新幹線はこの形だ。
最高時速256kmのプレートが輝いている!!
(系名がついたのは新型が出てからで、この当時は唯一無二の「新幹線車両」だったわけだが)
駅や周辺施設もゼロから立ち上がる。
もうなくなってしまった旧大丸がまだない八重洲中央口!
その新しい八重洲口や地下鉄連絡通路の建設工事!
新大阪駅「予定地」はまだ野ッ原だーーー!
富士川橋梁の基礎工事まで記録に撮っているのか。
トンネル工事は必ず湧水に悩まされるんだな。
そして開通の発破が成功したらやっぱりバンザイするんだな。
一大イベントは、国道1号をまる一晩通行止めにして行われた馬込陸橋の設置。
1国と田無街道と品鶴線(貨物線。現在は横須賀線)の上を一気に越えるあの陸橋丸ごとが一夜にして据えられたとか、当時のパワーを感じる。
営業車両がどんどん製造されて車両基地に勢ぞろいだ!
グリーン車と普通車、じゃなくて一等車と二等車だ!(そしてどちらも全席喫煙可だ……)
出た、ビュッフェ車両だー!!
新幹線ならではの、速度やトンネル通過で発生する内外の気圧差を調整する気密構造も解説された。
その気密を調整しつつスムーズに開閉できるよう設計されたデッキドアが、まだハンドルを回す手動だー!
先頭車下部には「スカート」、そうそう、そのスカートと両脇のフィンがとても重要なポイントだったんだっけ。
運転装置の革命「電子頭脳による制御」! かっこいいぞ!
と、燃える一方で……
運転席も中央指令室も今から見ると無地の壁のようにシンプルだなぁ……
電話、ランプ、ボタン、スイッチ、メーター、紙のマニュアル、何もかもアナログ……
何より、ものすごくモノが少ない。
真新しい専用の駅とホームは広告を一切置かない方針だったそうだが、その周囲の在来線の駅も乗り換えの地下鉄ホームも、広告や張り紙など今に比べたら無いに等しい。
当然改札は有人だ。
あの銀の楕円の中に駅員が立つ改札口、すっかり忘れていた。
全部手作業で現金オンリーの乗車券予約窓口……
(後で確認したところによると、座席予約用コンピュータ「マルス」は1960年に運用を開始していたが、席列の違いから新幹線には対応しきれなかった。そのため、予約管理センターとの電話と台帳で管理され、発券に大変時間がかかったとか。「マルス」対応は「みどりの窓口」運用開始と同時で65年)
丸ゴシックに似ているが違う、独特の丸みと癖のある文字で示された行先表示も時代のもので懐かしい。
そして開業の日が来た。
鮮やかなくす玉を割って、夢の超特急が滑り出す。
見物人はいるけど、今みたいに列車が見えないほどカメコが群がったりはしない。
カメラが入った車両のお客さんたちはちょっと緊張気味に落ち着いている。
切符の車内改札で鋏を入れている!
ビュッフェの赤いテーブル!
ウェイトレスのおねーさん!
発進からしばしナレーションもなく、ただ風を切る音とともに、走る姿が中から外から映し出された。
簡潔で、ものすごく力強い映像だ。
短時間であまりにも多くの画期的な事業を紹介するために何一つ無駄のない駆け足気味なテンポで、恐ろしく濃い内容でありながらあっさり味に感じてしまいもする。
制作者の意図を超えて背景さえ見落とせないほど興味深いのは、半世紀を経た今だからこそでもあるが。
開業までの6年近い間、きっと膨大な量のフィルムが回されたんだろう。
そのどれもが今は見ることができないその時限りの光景だろう。
ここで見られたのは一番濃厚なエッセンス、だけど他のフィルムも見られたらいいのに。
と、舞い上がりながら1時間を過ごした直後、ニュースで「寝台特急カシオペア ラストラン」を報じていた、
定期運行17年は長いようで短いようで。
時代は北海道新幹線か。
2016/03/09/Wed 定規。
友人Tさんとお屋敷で(ミニ)ディナーを楽しみつつ「長年連れ添った定規を折ってしまった」ことを話した。
言った後で、10年?15年? 長年って言うほどだった? と思い返したら20年前後だったことに気付いて、おおう、確かに長持ちしたかも、と感謝しつつ後悔した。
アクリル製のこの系は、そのまた前はカッターで削りまくって何本か短命で終わらせた記憶もある。
何が後悔って、使い倒してすり減らしたのならまだしも、ベッドに放り出してあったのを踏み折ったこと。
しかも本来の用途に使ったのではなく、五十肩疑惑で肩甲骨に手が届かなくなったために孫の手代わりに使った挙句というのがとにかく情けない。
そして今日は二番手として製本担当のアルミの30cm定規が孫の手になった。
これなら折れまい。
最初からこっちにしておけば……いや、肩の方治そう。
絵を描いたり工作したりの関係上、定規はいろいろそろっている。
アルミ定規は20、30、50。
アクリルも30と、今回折ってしまった20。
竹の定規は小学校以来愛用していた30cmと裁縫用の2尺があったが、どちらも近年の用途には向かないのでいつの間にかどこかへしまい込んでしまった。
持ち合わせていない時にプラスチックの定規を買ったことも何度もあるが、どれも長くは持たなかった。
何が違うとも言い切れないけど、プラスチック素材は何かすっきりしなかった気がする。
アクリル定規を買った世界堂も今は通販に対応しているが、素材が変わっていないか確かめたいし、やはり足を運んで買いに行きたい。
変わらないクリアなアクリルで、同じ方眼定規だと嬉しいんだけど。
2016/03/04/Fri インフルエンザが呼ぶ世界の終末。
Twitter ネタ。
きなこ @3h4m1 2016-03-01 17:05:27
娘はカトリック教会に併設された幼稚園に通っているのだけど、現在インフルエンザが席巻しており「マリア(組)とイエス(組)がやられた」「いよいよミカエルもやばい」という会話が繰り広げられ、終末っぽさが半端ない。
http://togetter.com/li/945199
幼稚園に黙示録のラッパが鳴り響いていそうだ。
が、サタンを地獄にたたき落としたミカエルがやられたら、最後の審判どころじゃなく本当に世界終わるよね。
自分もカトリック教会の幼稚園だったが、ヨゼフ(養父)組だったから、いの一番ににやられても全然おかしくない感。
イエスとかミカエルとかメジャーな組名で、当時の自分だったらうらやましかったろう、この園。
うちはアグネスとかアントニオとかアンゼロ(=エンジェル)とかどうもマイナーな名前に偏っていたので、そういう意味でも終末が来る前に終わってそうだ。
テレジアなのにテレジア組に入れなかったのも不満だった。
2016/03/01/Tue 風邪ひいた。
熱はないわー、大したことないわー、と高をくくって市販薬を飲んでやり過ごして、家に帰ったらそのまま20時間くらい爆睡した。
超絶だるい。
猫にゴハンして、植物にも水を……とペットボトルに入れた水道水をドボドボと注いで気がついた。
水道水じゃない!
新しい方のペットボトルだよ!
買ったら350円の水だよ!!!
(樹液シートのおまけなんで実質タダだけど)
全部アスパラガスとキャッツテールに飲ましてしまった。
やっぱり大したことあるらしい、風邪ッ引き。